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思わせぶりなタイトルで恐縮だが、日本という国を大切に思う皆さんにどうしても今言っておきたいことがある。私は元々魑魅魍魎の蠢く政治の世界には興味がなく、この事に気がついたのはつい一週間ほど前のことなのだが、以来胸の動悸が治まらない。長くなってしまうので結論から先に言うと、最近政界で
「外国人参政権」
「地方分権」
「移民1000万人受け入れ」
をそれぞれ実現させようという動きが民主党や自民党の一部にあると聞くが、8月30日に予定されている衆議院議員選挙においてそれらの主張を持つ議員への投票を行うことは即ち
「日本が中国になる」
可能性を意味すると一人でも多くの人に知ってほしい、ということだ。
私はここまで気づくのに2年かかった。何があったかは以下。
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今から2年前、メルボルンで暮らし始めて数ヶ月後のことだ。気分的にようやく落ち着いてきたので、家からトラムで5分の場所にある語学学校に通うことにした。
クラスは入学前の面接でレベル分けされ、1クラスにつき40名前後でその半数以上は中国人、その他は日本、台湾、韓国、インド、タイ、ミャンマー、ラオス、パキスタン、バングラデシュ、スリランカ、インドネシア、マレーシアのアジア系、ロシア、レバノン、マケドニア、ポーランド等のヨーロッパ系、リベリアからのアフリカ系が各1~3名ずつとてんでバラバラ。
それまで私は中国の人は日本のことを嫌っていると信じこんでいたので、「学校で誰かに絡まれることもあるかもしれないな」と身構えていた。ところが、私が日本人だと分かると中国人以外の人はもちろんの事、中国人も皆「日本のドラマが好き」「マンガが好き」「日本の化粧品を愛用している」「日本で食べた抹茶アイスがおいしかった」等好意的に話しかけてきた。ニコニコしながらノートに「木村拓哉」とか「酒井法子」とか書いてくれた。これには
「なんだ、中国人って感じいいじゃん」
とすっかり拍子抜けした。 そして、お互い不慣れな英語でのコミュニケーションに苦労しながらも久しぶりの学生生活を謳歌していた。
学校に通い始めて気づいたことだが、学校の最寄駅周辺を歩く人のうち9割はアジア人でその多くは中国系のようだった。商店街は中国語の看板であふれそこはまるっきり中国。オーストラリアに中国からの移民が多いことは知っていたが、改めてその現実を目のあたりにして驚いた。
そんなある日、事件は起こった。選択授業で一人別のクラスに行くことになった。いろいろなレベルのクラスから集まった生徒たちは面識のない人ばかり。
授業では英語とそれ以外の言語の語順の違いについて知ろうという主旨で、英語の例文の下に各国の生徒が それぞれの言語で対応する語句を色を分けて黒板に書いていた。その時日本人は私一人。場所が空いたので前に出て日本語で対応する文を黒板に書いていた時のこと。突然中国人グループのテーブルに座っていた30歳前後くらいの男性が
「日本で使っている漢字は中国から伝わったものだ!」
と大きな声を出した。すると、同じテーブルに座っていた他の20~30代の男女4人も
「そうだ!そうだ!」
と一斉に囃し立て始めた。 初老の女性の先生は突然の騒ぎに困惑顔で「本当なの?」と私に聞いてきた。私は「そうです」と答えた。
中国人グループは私に向かって「ヒッヒッヒ」としばらく嘲るように笑っていた。私は内心とても驚いていたのだが、なるべく表情を変えずにそのグループを見つめた。 他のクラスメート一同は異様な雰囲気に戸惑っているようだった。ほどなくしてグループは黙り騒ぎは収まったが
『・・・一体何なんだ、この人たちは』
という違和感はいつまでも私の心の中に強く残った。やはり中国人は日本人が嫌いだったのか?
その後学校生活を終えメルボルンで暮らす中でカフェや八百屋さん、コンビニ等のショップで中華系と思しき人と直接言葉を交わすことがあった。恐らく店員さん側は私が中国出身ではなく日本人(あるいは韓国人)だと察しがついているはずだが、だからと言ってあからさまに失礼な態度をとる人などいない。むしろ「君、日本人?」と嬉しそうに話しかけられることもある。
それと平行して、テレビやネットで中国人民軍によるチベットでの残虐非道なふるまい、北京五輪前の長野で行われた聖火リレーでチベット弾圧中止を訴えるため集まった活動家に対する大勢の中国人留学生たちのふるまい、そして最近では新疆ウイグル自治区での暴動のニュースを見てきた。
この2年間1対1で言葉を交わした中国人たちと、私をからかったグループ、ウイグル、長野の騒ぎでの中国人たちのイメージが重ならずずっとモヤモヤしていた。大勢集まるとつい気が大きくなって周りの見えない行動に出る集団心理は民族に関係なく働くものだが、それが他者への威嚇、時に暴力行為にまで及ぶのはなぜか。そして、一つの仮定が生まれた
――もしかして中国人の多くは内に相当の不満を溜め込んでいて、集団になると何かのきっかけでそれが爆発しやすい傾向があるのではないか。しかも、自分達の数の力をもって大騒ぎをすればある程度効果があることを理解しているのでは――
クラスメートから聞いた話によると、中国国内の暮らしは相当不自由を感じるもののようだった。インターネット閲覧に国の検閲が入るという話は有名だ。ある女性は信仰するキリスト系の宗教がらみで当局の家宅捜索を受けた話をしてくれた(勧誘も熱心にしてくれたが、丁重にお断りした)。
私はテニスファンで近年躍進著しい中国人女子プレーヤーの例を挙げると、つい最近まで選手はコーチや出場トーナメントを自分の意志で選べず、中国テニス協会の指示に従わなければペナルティを課せられたという。彼女達がプロに転向して数年経った昨年末、ようやく稼いだ賞金のうち7割を選手自身が受け取る権利を得たという報道もあった(それ以前はその半額だったとか)。ある選手の「国の命令がなければプロにはなっていなかった」と発言を目にしたこともある。
国からの縛りがきつい窮屈な日常の中で、外に違う世界があると思えば夢を見るのは必然。だからこそ、リスクを承知で多くの中国人が諸外国に流出しているのだろう。しかし、外国に出て自由を得たところで、その土地でもいつまで経っても外国人扱い。それどころか現地の人から疎まれるケースが圧倒的のようだ。中国系移民が多く暮らす国では今何が起きているのか。
リンク: 中国人「移民受け入れ」一考 博士の独り言.(カナダ・バンクーバーの例) ←時間がない人はこれだけでも読んでほしい
リンク: レコードチャイナ:移民問題の深刻なプラート、中国系住民を対象に治安強化へ―イタリア.(イタリア・プラートの例)
日本でも外国人受け入れが積極的に行われるようになれば、自国から近く、欧米的なものより馴染みやすいカルチャーが豊富で、漢字を使い、日常生活で容貌が周りから浮き立つことのない日本での生活に多くの中国人が自分の新天地を求めるのは想像に難くない。
同時に、私をからかった中国人グループの一件から見るに、心の底には日本に対して複雑な思いも抱えているようだ。中国の公教育の場で行われているという「反日教育」というもののせいだろうか。ちなみに「反日教育」とはWikipediaによると、
中国・韓国・北朝鮮における歴史教育に対し「第二次世界大戦における日本の侵略性、加害者性を過剰に強調し、これらの国が受けた被害を殊更強調する教育」をしているとして日本側が反日教育と呼ぶことがある。
最初にクラスメートとして出会っていたら彼らも普通に会話をしてくれたかもしれないが、お互い面識のない少数の日本人と中国人多数が一堂に会したとしたら、私が体験したのと同じような出来事は再び簡単に起こり得るのではないか。
日本で移民1000万人の受け入れが実現すれば、在日外国人の生活権利を巡り行政との間で何らかの摩擦が生まれることはまず間違いない。そんな状況下で長野の聖火リレーの時のように共産党から何らかの指令がきたとしたら?反日教育の成果のおかげで
「今の自分たちの生活が悪いのは日本人のせいだ!」
と集結した大勢の中国人が片手に棒を持って暴れだしたとしても、誰に命令されたわけでもないはずの中国人グループから(単なるからかいに過ぎないとは言え)攻撃を受けた身として私は驚かない。日本人の抵抗次第ではチベット、ウイグルで起きたように血みどろの大抗争になる可能性だって十分有り得る。
恐ろしいのは、最近にわかに「地方分権」も叫ばれ始めたことだ。「権限や財源を地方に移譲し、これによって地域の特性に即した”まちづくり”が可能になる」「国会議員の数が少なくて済む。国会議員の権力を弱めることができる」と聞けば何だか良いアイデアのようにも思われるが、果たして本当にそうか?
地方が政治の決定権を握るということは、今より少ない人数でその地域における重要なルールを決めてしまえるということだ。極端な話だが、ある選挙区の過半数が外国人だったとしたら?そして参政権を持っていたとしたら?数の力で何とかしてしまえるのなら、自分達に都合の良い方に法律を変えたくなるのが自然だろう。日本人ではなく流入してきた外国人が政治の決定権を握る地域。そこは最早「日本」と呼べるのだろうか?
外国人を1,000万人受け入れると、現在日本に在住する外国人約200万人と合わせてほぼ東京都の人口に匹敵する勢力が国内に生まれる。そして、1000万人の国籍の内訳は明らかにされていないが、地理的な観点でも世界の人口の割合から考えても、中国からの移民がかなりの割合を占めることになるだろう。
「これからやって来る外国人も現在日本で暮らしている外国人のように日本語を積極的に学び、日本の習慣に合わせる努力をそれなりにしてくれるはず。差別は良くない」と心優しい日本人は期待するかもしれない。
語学学校で私の見た限りでは、中国系の生徒は中国語を話す人間で一つのテーブルを固め、授業で発言する時以外はほとんど中国系同士で中国語を話していた。無理もない。日本人が周りにたくさんいたなら私だって日本人と日本語で話しただろう。わざわざ下手な英語でバックボーンの異なる他国出身の人間と話すより、母国語でやり取りする方がストレスが少なく会話が楽しいのだから。それでなくても慣れない外国生活でストレスがたまっているのに。
一斉に大量の中国人が日本に越してきたら、上記の語学学校と同じような状況になる。自分と同じ言葉を話す人間に大勢囲まれ一通りの用事が足りれば、どうして日本語などわざわざ勉強する必要があるのか。
日本で働いていた数年前、お兄さんが某府警の警察官をしているという同僚がいた。昼食をともにしながら彼女が
「兄の話だと、この頃外国人の犯罪がすごく増えてるらしいんですよね。このまま外国人が増えてったらどうなるんだろ・・・」
と話すのを、少子化で人口が減るため将来的には移民受け入れも止む無しとぼんやり考えていた私は、
「えー、でも、しょうがないんじゃないのー?人手が減るし」
と返した。あの頃の平和ボケしきった自分の暢気さを思い出しては呆れる。
メルボルンにはシティ中心部のチャイナタウンの他、郊外のBox Hill、Richmond、Springvale、Footscrayにベトナム系を含めて中国人が多く暮らす。どの街に出かけても「ここは本当にオーストラリアなのか」 と感じる。万が一日本で暮らす事になったとしても必ずや同じバイタリティを発揮するだろう。
が、これは日本の中にチャイナタウンが激増して「日帰りで行ける中国!本場の飲茶食べ放題バスツアーが6,800円!」で済む話ではない。日本が丸ごとチャイナタウン化する恐れが十分にあるのだ。そして、日本人の間で増 えすぎた外国人に対して排斥の動きでも起これば即座に数の力を持ってして日本を次のチベット、ウイグルに追い込むことだって有り得る。
個人レベルで話せば、中国の人もまた
「会計士の資格を取った後、自分は会計になんて全く興味がない事に気づいた」
「夫に『オレと結婚したならオレの母親も愛せ!』と怒られるが、自分にはそれが難しい」
「子供がオーストラリアの学校で勉強に付いていけるか心配」
「他の中国人みたいにコンビニや2ドルショップ(日本でいう100均)で働くのは嫌!」
等々私たちとそれほど変わらない悩みを持つ人たちなのだが、彼らが人間として尊重されるべき存在であることと、日本国内に大勢移り住んでいただくこととは話が別である。
縛りの厳しい自国での生活に疲れ、外国に出ても自国人同士で固まり、時に現地のルールを無視することから移民先の人間から警戒され、地球上のどこにも安住の地がない中国の人には同情しなくもない。
でも、お願いだから日本には来ないで。
王道の日本、覇道の中国、火道の米国

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子供の頃から寝付きが悪い。布団にもぐってから1時間、時には2時間以上眠れないこともざらだった。小さい頃ならそんな時は気分を変えるため枕持参で親の寝室に押しかけたりしていたが、ある程度成長してからはそういうわけにもいかず、社会人になってからは「早く眠らなくては明日が辛い」とあせる悪循環。
暖かい牛乳やワインを飲んでみたり、軽いストレッチをしてみたり、アロマポットで寝室をラベンダーの香りで満たしてみたり、クラシックを聴いてみたり、寝つきを良くするために役立つと言われることは一通り試してみたが、いずれも効果は今ひとつ。
というのも、どういうわけか目を閉じると決まって何かしら嫌な思い出が蘇ってくるのだ。それは昔の職場のお客から受けた理不尽な叱責だったり、今はもう顔を会わせることのない高校のクラスメートから「足が太いね」と言われたことだったりで、今となってはどうでもいい出来事ばかりなのだが、当時相手に言い返すことができず心の内で今も不満を燻らせているらしい記憶が次から次に蘇る。時には自分でもすっかり忘れていたような事を突然フッと思い出したりしてこれはこれで面白いのだが、我ながらよくこれだけ嫌な思い出ばかり忘れずに覚えていられるものだと感心する。英単語はいつまで経っても覚えられないのに。
そんな私とは対照的に、うちのダーさんは毎晩目を閉じてから数秒後にはスヤスヤ寝息を立て始める。その早さ、のび太のごとく。
ある日ダーさんに布団で目を閉じてから頭の中で何を考えているのか尋ねたところ、少し首を傾げて
「・・・楽しいことかな?」
と言う。なるほど。その発想は今までなかった。
教えを授かったその夜、早速眠りにつく際何か楽しいことを考えようと試みた。が、・・・はて、楽しいことって何だろう?えーっと、えーっと、いや、待って、何かあるはずだって。楽しいこと、楽しいこと・・・。あれ?もしかして、私って自分が楽しいと思うことが何か分からない!?・・・眠れない。
翌日、改めてダーさんに「ねえ、楽しいことって具体的にどんな事?」と尋ねたところ、
「えー?例えば、外を歩いてたら道路にお金が落ちてるのを見つけてラッキーとか、空から新聞が落ちてきて拾って読んでみたら面白い話があったりとか、駅に着いたら電車がちょうど来たとか・・・」
へー。そういう発想も今まで私にはなかった。
以来ベッドに入って目を閉じる度、スーパーに行くと欲しかった商品がちょうど安くなっていたり、知らない場所を歩いていて思いがけずおしゃれなカフェを見つけたり、何かラッキーな出来事が起こるイメージを描くよう努めてみたのだが、まもなくネタが尽きた。うーん。
仕方がないので、とにかく自分にプラスの感情が湧いてきそうな状況を思い浮かべてみた。始めはこれもなかなか思いつかなかったのだが、やがて、天気の良い日に芝生の丘に寝転がる、見晴らしの良い温泉に浸かる、海や満点の星空をボーッと眺める等、体がリラックスしているイメージを描くと効果があることを発見。
何だか青い鳥を探していたような気分ではあるが、嫌な思い出で頭の中を占められることはなくなった。これでいいのだ。

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以前郊外の一軒家に住んでいた頃の話。ある週末の午後、部屋にいると近所から男性の大きな声が聞こえてきた。どこかの家のパーティーでおっさんがビールで出来あがっているのだろう、とさして気にも止めないでいたが、やがて聞こえてくる声に独特のリズムがあることに気づいた。耳を澄ますと何か数字を叫んでいるようだ。
“Eight hundred seventy thousand!”
英語で言われた数字は一旦頭の中で思い浮かべないとピンとこない。えーっと・・・870,000・・・?
“Eight hundred seventy-five thousand!”
えーっと・・・875,000・・・?あっ、もしかしてこれが噂に聞くオークション?近所の家がオークションにかけられている真っ最中だったのだ。最終的にその家は$889,000で落札された。
日本であまり一般的ではないが、オーストラリアの住宅はオークションによって買主が決められることが多いらしい。毎週ポストに入るずっしり重い地域情報誌のページのうち半分以上はオークションの物件広告が占めている。
こちらの家は広い。テニスコートやプールが付いている物件もザラで、広告を見ているだけで何やらワクワクする。そして部屋の内装写真が皆インテリア雑誌のように美しい。純粋な私はオーストラリアの人は皆インテリアのセンスに優れているのだろうとすっかり信じ込んでいたのだが、ある時地元の人が
「売りに出す物件の写真は、家具等をレンタルして撮影するのだ」
と教えてくれたことで誤解が解けた。あー、なるほど。そりゃ、そうですよね。
その後シティ近辺に越して数ヶ月経ったある週末の午後。どこからか男性が大きな声で喋り続ける声が聞こえてきた。今回はすぐにオークションだと気づき、サッと見学に飛び出した。
向かいのアパートメントの一室がオークションにかけられているようだ。辺りには建物の前と道路を挟んだこちら側に分かれて4、50名の人が集まっている。オークショニアーが独特の口調で物件について一通り説明を終えると入札開始を宣言。
「それでは39万ドルから!」
すぐに一組が開始価格で入札するが、なかなか次の声がかからない。えっ?もしかしてこのまま終了するとか?他人事ながらドキドキしたが、しばらくして別の組から39万5千ドルの声がかかった。
オークションの様子が知りたい方は下の動画が参考になると思う。どこもこんな感じ。

遠巻きにその様子を眺めていると上等そうなスーツで決めた不動産屋のお兄さんが近寄って来て、近々オークションが行われる予定の物件一覧が載った上等な冊子をくれた。ポテンシャルカスタマーとして見てもらえたのだろうか。何かうれしい。でも、そんな予定は全くない。
大勢の人が集まっているにもかかわらず入札に参加しているのは2組のみで、あまり値が上がらない。途中、片方の入札者が冗談とも本気ともつかない様子で
「40万・・・5千・・・500ドル」
と声を上げたが受け入れられなかった。どうやら最低入札単位は$5,000らしい。オークションは5分もかからないうちに(多分)$415,000で終了した。数ヶ月前の広告で見たこの地域の似たような物件の価格を考えるとかなり値が下がっている。不況の影響はここにも現れているようだ。
いつか私もオークションに参加する日は来るのだろうか?日本円にして数千万円の買い物を決断するなんて固定価格ですら難しいのに、どんどん価格が上がっていく中冷静を保ちながら数分のうちに判断するのはかなりの精神力が必要だろうな、お金に余裕があればともかく。
オークションの人間行動学 最新理論からネットオークション必勝法まで
川越 敏司 佐々木 俊一郎 小川 一仁

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オーストラリアで暮らすようになってから、しばしば肌に異常が現れるようになった。首や腕の広範囲に渡って蕁麻疹のような赤い発疹が浮き出て痒くてたまらなくなったり、口の周りや顎下に大きなニキビが同時にいくつも出来たりといったものだったが、それらの症状はいずれも薬も飲まずに数週間のうちに消えて事なきを得た。
ある日のこと、今度は口元が痒くてたまらなくなった。掻いているうちにやがてその部分は白い粉をふき始め、若干腫れてきた。白い粉は洗顔等で水に濡れるとポロポロと剥がれ落ちる。掻いたり剥がれ落ちたりを繰り返しているうちに表面は堅くざらつき、直径2cmほどの赤黒ずんだ跡が目立つように。これはもしかしてアトピー性皮膚炎というやつでは?
そんな状態に陥っても医者嫌い、薬嫌いも手伝って放置していたのだが、気がつけば治ることなく4ヶ月が経過した。これほど一つの症状にしつこく悩まされるのは初めてのことで、「さすがに何か処置を施さなければまずいのではないか」と思い始めた矢先、全豪オープンテニスが開幕を迎えた。
それまで数ヶ月間スーパーに出かける時くらいしか外出しない生活を続けていたのだが、テニスファンの私は1月後半ほとんどの時間を炎天下での観戦に費やした。そんな毎日を繰り返していたある日、ふと口元の痒みも跡もいつの間にかきれいさっぱりなくなっているのに気がついた。ご存知の方も多いようにオーストラリアの紫外線は強烈で、シミを気にしてそれまで極力肌をさらさないように心がけていただけに、この結果には心底驚いた。そして、現在も再発はしていない。
調べてみたところ、一般には「太陽光線はアトピーを悪化させる」という説があるらしい。私の症状がいわゆるアトピーだったのかどうかは分からないし、紫外線が治療に効果があったという確たる証拠もない。それでも、2週間ほぼ毎日最高気温が30℃を超える屋外で過ごしているうちに、4ヶ月治らなかった痒みが嘘のように消え去ったこと、また、家の中で靴下なし、キャミソール1枚でいても大丈夫なほど冷え性が緩和されたのは事実だ。
自分の力でアトピーが消えた!
堀田 忠弘

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うちの郵便受けには入居してからしばらく経ってもジェニファー・オコーネル(仮名)嬢宛の郵便物が混じることが度々だった。住所は我が家のものなので前の住人らしい。その繰り返し送られてくる文書というのが、キセルの罰金や有料テレビの視聴料金の督促、不履行の契約を取り扱う裁判所からのもの。いくつかは最終通告を匂わす赤い紙が封筒の窓から覗いている。失礼ながら積極的に関わり合いになりたくない種類の方なので、封筒に「受取人が違う場合はここへ送り返してね」とあった住所へ自腹の切手でその都度返送していたのだが、配達は一向に止むことがなかった。
ある日の午前、誰かがうちのドアをノックした。「セールスだったらかなわんなー」と恐る恐るドアを開けると、そこには白髪の初老の男性。私の顔を見て何か戸惑っている様子。
「ええと・・・君はジェニファー・オコーネル(仮名)さん・・・じゃないよね」
違います。
聞けば彼はsheriff(裁判所の執行官)で、ジェニファー・オコーネル(仮名)嬢を探しているという。やっと探す気になってくれたか。私たちが越してきてから既に数ヶ月経つことを伝え
「多分彼女は“former resident”だと思います」
と告げると
「ああ、”previous“のね」
と返された。
最後に私の名前を聞かれた。先にサラッと言うと向こうは「ごめん、分かんないよ・・・」みたいな顔をするので、次いで綴りを一字一字ゆっくり告げ相手はそれを苦笑いしながら書き取る、といういつものルーティーンをこなした。
そして現在。sheriffの訪問からしばらく経つが、ジェニファー・オコーネル(仮名)嬢宛の郵便は相変わらずうちのポストに届けられている。一体何をしに来たのか、sheriff。
図解 マナー以前の社会人常識 (講談社プラスアルファ文庫)
岩下 宣子

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ローカル紙の広告より。
そんなわけで、現在オーストラリアはTax Return(確定申告)の季節。私も先日「e-tax」のソフトをダウンロードして、初めてのTax Returnに挑戦した。いつ終わるとも知れぬ慣れない税金英単語の嵐に、全ての入力が完了するまで何度
「わーけーがー分からんッ!!」
「日本語で書けッ!!」
と絶叫したか覚えていないが、ともかく無事にデータを送信するところまで到達。入力の過程でオーストラリアの映画産業に投資した人は控除がある等、なかなか興味深い情報を得た。なるほど、この国でハリウッド映画が立て続けに撮影されている背景には国のサポートがあったのか。
「還付金はどうせ日本の確定申告と同じようなものだろう」と期待せずにいたところ、試算では予想と桁が一つ違う結果に!マジで!?何かの間違いでは?ダーさんはほぼ想像通りの額だったので、配偶者として何らかの控除が得られた模様。
しかし、思い返せば給料受取時に差し引かれた額が日本よりもかなり大目でショックを受けたはず。騙されるな自分。


オーストラリアで銀行口座を開く際、IDチェックのため何らかの身分証明書が必要になるのだが、入国から1ヶ月以内ならパスポートだけでOK。しかし、それ以降になると運転免許証や公共料金の請求書など現住所を示す他のIDが必要になる。
そんなわけでさっさと口座を作っておけばなんてことないのだが、オーストラリアに来てすぐの頃の私はスーパーでの買い物一つスムーズにいかない生活に疲れ果て、差しあたり必要でない銀行口座の開設をついつい後回しにしてしまった。
しかし半年後仕事が見つかり、いよいよ自分名義の口座が必要に。仕事帰りで疲れているダーさんにお願いして、木曜は夜8時まで営業している某大手銀行の支店へ連れて行ってもらう。
人影もまばらな夜のショッピングセンター内を駐車場からしばらく歩いてやっと目的の店舗を発見。入口をくぐると、赤いカーディガンを着た品のよいご婦人がちょうどどこかへ出かけるところだった。
「今私一人しかいないのよ。ちょっとお茶飲んでくるから、悪いけど20分後にまた来てくれる?」
日本なら有り得ない対応だが、こちらでは極めてありがちなこと。約束通り20分後カウンターに戻るとご婦人も戻っていて、私たちに椅子を勧めてくれた。用件を尋ねられたので私の口座を開きたい旨を切り出すと、私たちの生活状況についていろいろ質問をしてきた。日本から移住してきてこちらの生活を始めて間もないこと、永住の予定であること等聞かれるままに答える。
「あら、じゃあ、将来はマイホームの購入も考えてるの?」
家!!居住期間が短すぎてクレジットカードですら作らせてもらえるかどうかまだ怪しいのに家の話ですか!!一瞬鼻白むが、笑顔で取り繕う。ええ、将来的にはなーんて、ウフフ。
「そう。・・・・・でも、どうして、今、口座が必要なの?」
・・・・・なんで口座一つ開くのにこんなにいろいろ聞かれるんだろうか?日本じゃこんな事なかったよ!ちょっと泣きそう。しかし、夫婦そろって豪での居住年数が浅いうえ、このご時勢海外送金を想定して銀行が用心するのも理解できる。テロリストと関係している訳でもなし、こちらにやましいところは何もないのだ。込み入った話をする時はいつもダーさんに任せっぱなしの私だが、ここは自分で説明した方が信頼してもらい易いだろう。今までダーさんの口座があったので不便を感じていなかったが、思いがけず今回職に就くことになった旨を必死で伝える。あー、なんか汗が。ご婦人は事情を理解してくれたらしく身分証明書を要求してきた。とりあえずパスポートを渡したところ、
「・・・・・他に何かないかしら?」
やっぱり現住所を証明するものが必要なのか。運転免許証があれば良かったのだが、私のテンポラリービザでは正規の免許証すら作らせてもらえないのだ(運転自体は、日本の免許証と領事館で発行の翻訳証明のセットで可能)。そのうえシェアハウスに住んでいるので、住居に関する契約書類も正式なものは何もない。
持ってきた書類は一応ある。あるけどこれでいいんだろうか、「Tax File Number」のレター。オーストラリアで働く人は、何はなくともまず最初にこの「Tax File Number」を申請しなければならない。私の場合はネットを通して申請し、後日自宅へ番号の入ったレターが郵送されてきた。公の機関から私あてに送られてきた書類は今までこの一通。先日図書館でカードを作った際にもやはり現住所が確認できるIDが必要で、この「Tax File Number」のレターを渡してOKをもらったが、図書館と銀行では話が違う。ダーさんは隣りで『そんなもんが銀行で通じるわけない』という顔つきをしている。ダメもとでレターを渡してみた。
ご婦人は少しレターを眺めると、
“OK”
と頷き、すぐに口座を開くための書類を用意し始めた。ウソ!やった!チェックが通った!この時、政府からのレターが身分証明書としていかに強力に働くかを知った。後はトントン拍子に手続きは進み無事終了。というわけで、これからオーストラリアに来られる方は、すぐには必要なくても口座は即開いておいた方が後々面倒くさいことになりませんよ。悪いこと言わないから。

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